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  ポーカーの高速道路とけものみち

     自分の大好きなポーカーに関する戦略などを紹介



このブログについて

自分の大好きなポーカー(特にTexas Hold'em(テキサスホールデム))
というゲームに何か貢献ができないかと思い、ブログを始めました。    
ポーカーに関する戦略などを紹介していきたいと思います。         

 ポーカーと人生(まとめ)

その他

Phil Galfondが非常にいいコラムを書いていたので訳してみました。
教えてくれたメルビン。サンキュー!



ポーカーと人生 フィル・ガルファンド 2012年7月17日

最近気づいたのだが、私はすべての投稿を「ハイ、みんな!」で始めている。これに反抗するつもりもないが、最初のページのすべての投稿がこの言い回しと幾つかの改行で始まるのは少し変わってるかな?


ハイ、みんな!


eメールで実に多くの質問を貰っていて、本当に嬉しい。本当にできるだけ多く答えたいんだけど、回答していない場合にはどうか許して欲しい。


この投稿は、特定の質問に回答しようとするものではないが、かなり多くの質問に触発されたものだ。私が貰った質問のほとんどは、ポーカーをキャリアとして考える際に下さなければならない決断に関するもので、次のようなカテゴリに分けられる。「私は学校を卒業すべきでしょうか?」「ポーカーにもっと自分のお金をつぎ込んで本気でやるべきでしょうか?」「家族ができた今、期待値を下げてでもどの程度分散を減らすようにすべきでしょうか?」

幾分長くなってしまったので、整理して分類してみよう。


これから私は次の事項について論じたいと思う。
・幸福
・目標と価値
・意思決定プロセス
・長期対短期
・非金銭的要素
・ポーカーの将来とあなた
・私自身の経験と意見


私が聞いた話の中で、彼らの人生に大きな影響を与えるようなよくない決断をしそうだと感じる人々がいたので、私は質問を聞いてよかったと思った。私はできるだけ多くの質問に答えることにしており、ほとんどが個人的に答えているのだが、キャリアとしてのポーカーに関し、私の考えをもう少し一般的なものとして投稿したいと思ったのだ。eメールをくれた1人につき同じ状況にいる人が他にも間違いなく100人はいると思う。


自分の27年間の知恵がろくに知らない人の重要な人生の決断をする上で十分だと思うほど傲慢ではないが、皆が自分自身の状況を体系的に熟考して最善の決断ができるように助けることはできると考えている。実際、私はこの投稿がポーカーに関する主な決断だけに当てはまるものではないくらい一般的なものとしたいと考えている。


「正しいこと」と「間違ったこと」、あなたの結果

大きな決断をする際には、「正しい」答えなどないことが多いということを第一に認識するということが重要だと(私は)思う。仮にあったとしても、最終的に「正しい」ものだということが明らかになるとも限らない。私が言いたいのは、その時点で持っている情報に従って、可能な限り最善の決断を下すことだけが、「自分がそうしたい」と思えることだということだ。自分が「間違った」決断をしたと感じたとしても自分を後で責めてはならず、「間違った」決断をしたくないという恐れから決断をすることに躊躇してはならないと強く心に留めておいてほしい。


このことは、ポーカーを通じて学ぶことができる。私はどのようなチャンスにおいても自分ができる最善のプレイをするが、ときには自分のリーディングが間違っていたり、リーディングが間違っていなかったとしても相手のレンジのほんのわずかな部分と衝突してしまい私のプレイが「間違った」ものとなることもある。全く予測できないことが人生でおこるということは本当によくあることであり、全く予見できない結果について自分を責めることはできない。だからといって、そのような可能性を考慮すべきではないという訳ではない。(この点については後述。)


次に、各人の状況が異なっているということに留意することは重要だ。私やあなたの友達にとって正しい答えがあなたにとって正しい答えになるとは限らない。本当に多くの要素があるのだ・・・ポーカーのスキル、代替的なキャリアの選択肢や家計状況だけでなく、人柄、目標、願望、必要性、何が自分を幸せにするかなど。


幸福

大きな決断をする際には、私はここから考え始めることにしている。自分に問うのだ。何が自分にとって重要か?何に価値を感じるか?自分の目標は何か?


私は個人的にこのことについて何度も自己分析をしており、読者の多くと目標と価値(次の章で後述)が異なるかもしれないが、現時点で自分が得た結論を共有したい。


私は自分が望んだものを分析より深く追究して続けてきた。ポーカーで自分は成功したいのか?なぜか?競争とお金。なぜか?などなど。


私は人生で望むものは、すべてたった二つのことに集約される。


1)私は世界と自分の周りの人々に総体としてポジティブな効果を及ぼしたい。自分が向き合うすべての人に対して、親切で、公正で、敬意を持つようにしたい。自分が大切に思う人にとって、親友や愛される人でありたい。


これは私自身の個人的な目標であり、自分の主要な人生の決断をするために役に立つようなものではない。おそらく私は単にこれが含まれていると確認しただけであり、そうすることで、私にとって最も重要な次のことが批判されなくなるだろうと思ったからだ。


2)私は幸せになりたい。私がしたいことは、大きなことも小さなこともすべて自分を幸せにしてくれるからしたいと思うのだ。それほど深遠なものではないが、重要だと納得されることだろう。


このことを認識することが素晴らしいのは、ポーカーが私を幸せにしてくれるからポーカーで成功したいということを私が今分かっているということである。私はそうすることで自分が幸せになると考えているから、より多くのお金を稼ぎたいと思っている。それでなぜこれが有用なのだろうか?


これまで何度かポーカーと人生に関する決断を比較考量したこともあった。
・友人と外出すべきか、このままいい調子のゲームを続けるべきか?
・オンラインでのプレイを続けるために外国に移住すべきか?
・ストレスレベルを下げるためにレートを下げるべきか?それとも期待値を最大化して分散に付き合うべきか?


私が以前自分がしていると考えていたことは、心の幸福・満足・平穏を犠牲にして期待値(要はお金)を得ているというものであった。


今の私の考えは、私は幸福を犠牲にしているというものである。幸福だ!一旦この認識に至ったら(それは最近のことであるが)、私は日々の日常生活において、期待値を犠牲にすることでどれだけより幸福になれるかを考えるようになった。以前は私は一生懸命働かなければ「ならない」と考えており、最も幸福になることよりも収入を最大化することによって「正しい」ことをしていた。ほとんど義務とも感じられることであり、誇らしく感じられることでもあった。しかしながら、今では、ポーカーでより多くの期待値を得るために幸福を犠牲にしなければならないような決断に直面した場合には、最早無茶な比較をしたりはしない(りんごとオレンジを比較したりはしない)。りんご(幸福)かりんご(幸福)で選択する。よって、私がしたいことは何が(どのりんごが)自分をより幸福にする(りんご)か決めることだけである。


私は、多大なストレスが自分の幸福にとって最も悪いことだと最近気が付いたため、期待値を犠牲にしてでもストレスを減らすよう努力している。(いい雰囲気でプレイすることで、あとでどのようにでも期待値を取り戻すことができるだろう。)


目標と価値

幸福とはかなり一般的な目標である。すべての人が幸福になりたいと思っているだろう(そう思っていないとしたら、よほど変わった人だ)。重要なのは、どのような要素によって個人的な幸福や充足が達成されるかを決めることである。こうすることで、決断を下すことが容易になる。


私にとっては、


1)個人的な関係− 私に親しいすべての人々が、特に幸福という観点からは何よりも重要だ。私は幸福の大部分を親友や家族から得ている。


2)競争と成功― 金銭面だけでなく、他のことのためにも私は働いているし、上手くやりたいと思っている。ポーカーは、私が上手くなるために没頭し、非常に上手くできるようになったものであり、私にとって素晴らしいものだ。


3)持続性、日常生活、安全− 私は、計画されたことを好み、次善の策があることも好む。私はきわどいところを飛ぶような蠅ではない。(なぜこのことわざがこのように言われるようになったのかは完全には知らないが)


4)自由― 繰り返しになるが、金銭面だけでないが、金銭面の自由は非常に重要なものだ。義務や契約だけに埋没したくはない。自分が集中していないと感じたら、数日の休暇は取れるようになりたい。私は、そうしたいと思ったら、丸一日1人で過ごすことができるようにもなりたいと思っている。


このリストは、私の着想を最初から挙げたもので、もっとあるだろうが、私のリストはそれほど重要なものではない。これは単なる例だ。自分の決断を容易にするためには自分のリストに辿り着かなければならない。


私にとっては、ポーカーをプレイすることは非常に上手く行っている。2番目と4番目は上手く行っている。3番目も上手くやる能力があり、幸運にも(金銭面及び時間面での)自由もあるため、時間を取って自分にとって重要な人たちと旅行に行くこともできる。


4番目の事項は、私は過去にはそれほど重視していなかったもので、昔は完全にゲームの奴隷だった。いいゲームが行われているときはいつでも私はそこにいたし、他の何ものをも(睡眠も含む)犠牲にしていた。この間大金を手にしたが、もう一度そうしなければならなくなったとしても、私はもう決してできないだろう。


1番目の事項は、私がそうしたいと思っているほどは上手くできていないことだ。ブラックフライデーによって私の計画は大きく邪魔され(よく知っていることわざであるが)、私は自分ができていた最善の方法や将来こう対処できるだろうと思っていた方法で対処できなくなっているのだ。


明らかなことであるが、金銭面で成功していたという事実は、私の目標の多くに役に立っているので、これは、あなたがキャリアに関する決断を下す際にもかなりの部分を占めることとなるだろう。


その他の為すべきよいこととしては、上記リストに含まれないもの(単なる対語とならないもの)で自分を「不幸」にするもののリストを作ることだ。私なら、ストレス、睡眠不足、個人的空間や時間の欠如などを加えるだろう。繰り返しになるが、これらは単なる例示であり、自分自身のリストを作らなければならない。


さて、他にも幸福に繋がる非常に多くの小さなものがある。(読書、運動、テレビ、アイスクリーム、猫の動画などなど)これらも次のようなことをしなければならないという点で非常に重要である。

a) これらを日常的にできるだけ多くできるよう努力する

b) それを行う能力に影響を与える大きな決断があるかどうか考慮する


標準的な部分

もちろんのことであるが、どのような決断をする場合であっても、選択肢のリストが必要となる。そのリストが紙に書かれているか頭の中にしか存在しないかは重要ではない。(記憶力が極めて低いのでなければ。)


そうすることで、賛否両方の立場から明確に思考過程をたどることができる。どの選択肢が自分の個人的な目標や幸福の引き金をより満たすだろうか?


決断がどのようになされるか我々はみんなよく知っているので、このトピックについて多くは語らない。私にできる唯一のアドバイスは、他の章に書かれていることと異なり、自分が「したい」からとか特に自分が「そうすべきと考えている」からという理由から一つの選択肢を選ばないようにということだ。これらは何をするに当たっても、これのみではいい理由とはならない。なぜしたいのか?なぜすべきと思うのか?更に賛否両論の立場からリストを追加しなければならない。


長期対短期


長期的に物事を考えるのは重要であるが、短期的に考えることもまた極めて重要だ。多くの人々は将来報われると思って短期的な幸福を犠牲にしがちだ。問題は、既に述べたように、我々は将来自分の身に何が起こるかや将来何を欲するか予測できないということだ。


特に、あなたが25歳未満であるなら、あなたの生活に入り込んできたり、キャリアパスを変え得る非常に多くの要素が存在するというだけだけでなく、1人の人間としてまだ成長し成熟する余地が大いにあるのだ(おそらく30歳を過ぎても同じことが言えるだろうが、私はまだその年齢にはなっていない)。


あなたは自分が10代のときに、大人から、人生においてしたいことをまだ分かっていないとか、自分が分かっていると考えているほどには分かっていないと言われてどう思ったか覚えているだろう。自分は十分に賢く、やりたいことや何に重きを置いて何を信じているかなど既に分かっていたから、非常にイライラさせられたと思うし、そのとき大人のいうことに耳を傾けようとはしなかっただろう。


それでも、ひどいことではあるが、大人は正しいのだ。願わくば、私は半大人ということで、もう少し私を信じてもらいたい。非常に長い期間をかけて人は成長し変わって行くということは、真実だ。私も毎年非常に多くのことを学ぶし、2年前に考えていたことや行っていたことを振り返って、あのときはバカだったなと思うことも多い。


ここで私が言っているのは、あなたがしたいと思うことをすべきではないとか情熱に従うべきでないということではない。(多くの場合)そうすべきなのだ。そうすることで、あなたは幸福になり、実際に自分がやりたいと思っていることや何に重きを置いているかをより分かるようになるのだ。しかしながら、(ポーカーをフルタイムでやるために学校を退学するなど)人生を変えるような大きな決断をするときには、極めて慎重にならなければならないということだ。


私が読んだ本当に数少ない本の一つに「幸福の躓き(Stumbling On Happiness)」という本がある。


著者は、数少ない論点の一つとして、何が私たちの未来を幸せにするか予見することがどれほど困難かについて論じている。著者は非常に多くの好例を示しており、本の内容すべてを記憶したとしても決して捨てようと思わないくらいだ。著者は、我々より年を取った人間は、たとえそれほど大したことのない人であっても、何が我々を幸福にするかについて、我々自身よりもよい予見者であると言っている。私も著者の言うことに賛成であり(非常に多くの説得力のある意見があったからであるが、私はもう忘れてしまった)、これは特に我々のような若者には当てはまる話だと思う。


この本の教訓は、次のとおり、2つワンセットになっている。(2つワンセット(two-fold)ってスマートでクールな言い回しだと思う。)


1)今から20年後何が自分を幸福にするかについての自分自身の判断を信用するな。


2)年長者のアドバイスを聞いてもっと尊重しなければならない。彼らはあなたが考えている以上に物事をよく知っている。



金銭を越えるもの

多くの人は、ポーカーか仕事かとかポーカーか大学かという選択を、純粋に金銭面での決断として考えている。その場合「どちらの選択肢がより多くのお金になるだろうか」と考えているのだ。


このことは決断に当たって重要だろうか?もちろん重要だ。では、決断に当たってこのことが過度に考慮されすぎだと私が考えてるかって?もちろんそう思っている!


どのようなキャリアにも金銭以上のものがある。自分がしていることが好きだったり、自分がしていることを肯定できるのではないか?自分の労働環境が好きではないか?自分の仕事の必要性が自分の生活の重要な一側面に影響を与えないか?


ポーカーをプロとしてプレイすることは、ほとんどの仕事と異なり、随分大きくライフスタイルを変えることとなる。ほとんど確実に毎日ストレスに晒されることになる。時間は不規則になる(もちろん賛否両論あるだろうが)。保証された収入はない(期待値は無視して、あなたや家族、身の回りの人々に対する月々の幸福の悪影響を考慮してみよう)。


ポーカーには雇用保障もない(今ではどの分野でもないとは思うが)。さらに、健康保険もなければ退職金もないにも関わらず、それに代わる追加的な収入もない。


このような場合、多くのことがポーカーに関するあなた特有の状況に左右されることになる。


私に関しては、「どうしても外せない」プレイする「必要がある」ゲームがときどきあるため、友達との計画をキャンセルしたり、元々計画を立てられなかったりして苦しい決断をしなければならないことがよくある。また、ポーカーのために、少なくとも年に2カ月はラスベガスに滞在することを「余儀なくさせられ」、今は、多くの時間を米国外で過ごすことを「強制」されている。これらは私が技術的に決断せざるを得なかったものなので(いくつかはまだ克服しようと努力しているが)引用符を付けたが、私が自分の望むレベルで競争するためには重要なことなのだ。


オンラインポーカーをしていると、ほとんどの仕事よりも孤独な毎日を送ることとなる。私には極めて外向的なポーカーの友達がいるが、コンピュータの前で1日中1人で座っていることで、彼らが疲弊しているのがよく分かる。私は孤独な時間を愛しているので、私にとっては普通は大した問題ではない。


もう一つ考えなければならないのは、他の人がどう考えるかだ。


自分が普通の仕事をしていないことについて他人がどう思おうが私は気にしていないが、そのことを気にするのであれば、留意する必要がある。より重要なのは、ポーカーがあなたの人生における他人の評価にどのような影響を与えるかだ。ズバリ言うと、あなたが結婚していたり、結婚したいと思うのであれば、たとえあなたの結婚相手がポーカーに偏見を持っていないとしても、彼女はその不安定さに極めて不安になるだろうということだ。また、たとえ周りの人間がどう思おうがあなたが気にしないとしても、結婚相手は気にするだろうし、特に彼女の家族がどう思うか気にするだろう。自分自身に対するものだけでなく、自分を頼る人々(や将来頼る人々)に対するリスクやストレスについても考えなければならない。


ポーカーの未来とあなた

多くの人々が考えていない重要なものには、次のようなものもある。通常の仕事については、経験を積めば自身が向上し、年月が経つにつれ履歴書もよりよいものとなり、より雇用可能性が高まり、会社内でもより安定するというものがあるが、ポーカーではそうはならない。


あなたは「自分は年々上達する」と考えるだろうし、おそらく正しいだろうが、あなたの相手も驚異的な速度で上達するのだ。どれほど多くのプロがポーカーで失敗し、今ではほとんど勝てていないか想像してみるとよい。5年前は最高レートを荒らしまわっていたが、今では1-2ノーリミットですら勝てないような者を私ですら知っているのだ。


競争力を維持するには、10〜20年後も自分のプレイを上達させるよう一生懸命努力することが必要となる。新しいソフトウェアを装備した若者はあなたが考えてもいなかったことを分析するようになるだろう(これは既に私の身には起こっている)。したがって、大金を稼げなければ、後戻りすることもできず、ただ薄い利益を上げることもできなければ給料を稼ぐこともできなくなるのだ。決してより簡単になることはない。我々の頭脳はより大きくなったり回転が速くなったりしないのだ。


もっと明らかな不安要素は、ポーカーの未来だ。今と同じような人気が続くだろうか?同じように勝っていけるだろうか?5年以内にボットがオンラインポーカーを席巻したりしないだろうか?インターネットポーカーを禁止する国がいくつも現れたりしないだろうか?


これらのすべてが予測できないものの範囲に含まれるが、次のような帰結は考慮することができる。

・家族を持つことになり家計支出がバンクロール(及び収入を増やす能力)を圧迫したらどうなるか?
・現在利益を上げているとして、将来はいい勝負が見つけられなくなった場合どうするか?
・あなたが選んだゲームをプレイすることを周りが止めたため、新しく人気の出たゲームをせざるを得なくなった場合どうなるか?


考慮しなければならない事項は多く、どれくらいの頻度で起こり得るかに応じてそれぞれの可能性に対処しなければならない。例えば、他のゲームを習得したり、バックアッププランを作ったり、余分の資金を用意したりなどしなければならない。


私見と経験

考えなければならない多くの事項を既に提示した。ここまでは、それほど私自身の経験や意見又はアドバイスにそれほど重きを置いてこなかった。


前回のブログにおいて、私は自分のポーカーを始めた頃の経験を紹介した。一度読んでもらいたい。私が書いたものだ。


これまでの年月で私が得たその他の経験と意見についても触れたいと思う。


ポーカースキル:強さの予測

自分が非常によいポーカープレイヤーになるために必要なものを持っていると思うか?

よろしい!それならあなたはそうなるべき人だ。


ほとんどすべての人が、自分は既にポーカーが上手いと思っているか、自分は数学が得意だから、ポーカーを熱心に見ているから、一度素晴らしいハンドをプレイしたからといった理由で、ほんの少し頑張れば強くなれると考えている。


自分自身のポーカーの能力を予測するにはどうしても逃れられないジレンマが存在する。優秀なプロポーカープレイヤーが持っている最高の能力の一つに、自己認識と謙虚さが挙げられる。その能力によってプレイヤーは自分がゲームに参加すべきときとすべきでないとき、何について向上する必要があるか(また何を向上すべきか)、誰が優れたプレイヤーか、いつ誰が何を教えてくれるか知ることができるのだ。また、その能力によって、プレイヤーは、日々の生活においてポーカーに関する責任を持った用心深い決断をすることができる。自己認識のできた謙虚な人物は、ポーカーについても強いことが多いが、ポーカーを上手くできるかどうか確証があるわけではないため、勇気を出してフルタイムでプレイしたり、レートを上げたりするのに躊躇することが多い。


一方自己認識に欠ける者もいる。このような者は自分は強いと思っており、絶対に成功すると考えている。謙虚でない者は、本やトレーニングビデオや他のプレイヤーが教えてくれるものなどほとんどないと考えている。このような者は失敗することが多く、この文章を読んでいたとしても、自分に資質が欠けていることに気づかない。


では、どうすれば、自信を持って自分自身の能力を予見することができるのだろうか?


それは不可能だ。


自分に資質があると自信を持って言える唯一の方法は、100万以上のポーカーハンドをプレイした経験とデータをもって、合理的な確度に基づいた自分の進歩と勝率を示すことだけだ。プレイヤーの中には、ポーカーのスキルは、歌や運動能力と同様に(どちらも向上させることはできるが遥かに優れた潜在能力を持って生まれる者がいる)持って生まれた独立した能力だと考えている者もいる。ポーカーはスキルの最高到達点だ。何もできないがポーカーだけは得意だというような愚か者は存在しない。


それでは、他にどのようなスキルが加わると強力なポーカープレイヤーの精神が形成されるのだろうか?



重要な一連のスキル

私にはポーカーにのめり込む友人が多くいた。私の持っているのと同じようなスキルを持っているように思えたが、彼らは何らかの理由で上手くやることができなかった。正真正銘の天才であったのに、多くがベストを尽くし、それでもなお失敗していった。一方で、平均よりほんの少し上程度の知性しかないのに(かなりの長期間、一定程度続けて)広く成功するようなプレイヤーもいる。


知能指数(IQ)とポーカーの成功に強い相関関係があるのは間違いないが、IQだけが重要だということは決してない。私よりIQが高いのに低いレートで全く勝てていないプレイヤーも多く存在する。ただ、非常に高いIQ(や一般的な標準テストでの高いスコア)を持っているなら、何らかの資質があると自信を持って言える先入観のない根拠となるだろう。そのような先入観のない根拠にはなかなか出会えないものだ。


ポーカーのスキルがあると予測できる因子を限定してみると次の3分野となる。

・演繹的論理能力(訳注:一般的な法則を個別具体的な事例に当てはめる論理的思考能力)
・心理学的能力、高い社交性、人がどのように考え物事にどのように影響を受けるか理解している(思慮深い人間)
・数学/統計学的能力


これらは私の考えでは列挙した順に重要である。もちろん数学が最後だ(実際にはかなり差のある3番目ではあるが、依然としてこのリストには載るべき分野だということは明らかだ)。


演繹的論理能力は広い意味で言えば数学的能力に含まれるものなので若干ミスリーディングだが、非常に論理的であるが数学のクラスでいい点を全く取れなかった人などもいるだろう。このような人間は、複雑な計算や統計学/計算が得意だが他の挙げられた能力が低い人間より、ポーカーを上手くできることが多い。


ポーカーの才能や潜在能力を予見するものとしての可能性は下がるが、自分の潜在能力を引き出し発揮する可能性が高いと考えられるマイナーカテゴリが更に3つある。


・負けずぎらい(特に自分に対して)
・謙虚さと自己認識
・自制心


これらもまたこの順序で重要だ(繰り返しになるがこれも私見)。私がなぜ優秀なポーカープレイヤーになることができたかを最もよく説明できるのがこのリストだ。最終的なものでは決してないが、このカテゴリのほとんどに当てはまると思われるのに単にできていないだけの人も多くいる。この投稿をした理由は、自分がどのくらい成功しそうか検討する際に参考となる何らかの基準を提示したかったからだ。また、このことは、私が何度も何度も追究してきた質問でもある。自分の考えを皆と共有したいと思ったのだ。


論理能力、数学的能力、対人スキルが高くてよかったと思っているが自己認識に欠けるみんな、がんばろう。私もがんばる。



退学すべき?仕事を辞めるべき?(回答:まだだ)

既に述べたとおり、人それぞれ状況が異なり、また、人それぞれ潜在能力も異なる。しかしながら、ほとんどの人に対する回答は、ジャンプする前にもう少しじっくり考えた方がよいというものだ。現在の多くの大学生にとってこの考え方のひどいところは、ブラックフライデーによって米国内の学校に属しながらオンラインポーカーをプレイする環境が奪われてしまったという点にある。このような選択肢があったらベストだったのにと強く感じている。(私が大学生の年代にそのような道を選ばなかったとしても。)


ブライアン・ヘイスティングスやZ and Hac Dang(訳注:2人とも大学に通いつつオンラインポーカーで高い成績を収めているプレイヤー)を見ても、最早、大学に通って卒業する傍ら、自分が世界クラスのプレイヤーになれて文字どおり億万長者になることもできるという証明にはならないのだ。


(大学に通ったり仕事を続けることで)履歴書を作ることは、非常に重要な次善の策となる(または最善の策に!)。実際に何年もプレイしなければ、ポーカーの能力があるかどうか事前に把握することは難しいのだ。私は、自分がポーカーで高く成功し、それでもなおプレイすることを愛し続けられることに確信が持てるまでは、仕事や学校を続けた上でポーカーをプレイするよういつも勧めている。


あなたが今米国にいるのであれば、正直なところ(どうアドバイスすべきか)分からない。他の国の学校へ転校することも一つの選択肢だろうが、真剣に考えないといけないと思う。近くにいいライブゲームをやっているカジノがあるのであれば、そこでバンクロールや経験を積むこともできるだろう。現在の困難な状況に鑑みると、これ以上いい考えが思いつかない。願わくは、このような障害がそれほど長く続かなければよいのだが。


私の一般的な哲学

友人の1人が抱えている問題について話したことがある。何をしたいのかどこへ向かっているのか方向性が見えず不確かだとかいうよくある問題だった。(ほとんどすべてのプレイヤーがいつかは直面する問題だ。)

私は彼女に「人生の秘訣を教えよう」といい、その時までは言葉にしたことがなく、自分の人生をどのようにするかについての自分の哲学として考えておらず、その時点で完成させるべきだと思ったことを話した。「人生の秘訣」と言ったのは、少し無謀だったかもしれない。


私が人生の秘訣やそれに近いことを知っているとは思わないが、次のような指針によって私は上手くやってこれた。


「日々3つのことに集中することだ」と言った。会話の中で、私は4つのことと修正したが、実際は3.5個というべきものだった。

1)自分が楽しいと思えることをやれ

単純なことが、これは人々があまり集中できているとは言えないことだ。仕事や自分の生活を向上させることだけにそれほど一生懸命になることはもう止めよう。今日があなたの人生なのだ。毎日がそうだ。今現在楽しいと思えることだけをしよう。

2)短期的な目標に向かってがんばろう

ゴールテープが見えていればモチベーションを維持することはより簡単となり、道のりも楽しめるだろう。2年後に高い報酬を得たいという理由で本を書いてはならない。本を書くのが楽しいという理由で本を書くのだ。長期的な目標を持たないといけないこともあるだろうが、その場合はチェックポイントを作らなければならない。次の金曜日までに10頁書くとかすれば、成功した場合に報われた気もするだろうし達成感もあるだろう。


注意しなければならないのは、「先週より自分の目標に近付いているか離れているか?」と毎週末自分に問い質すフィットネスのような計画になっているか否かだ。


難しいことが一晩でできることはそれほどないが、目標に向かっていてそこから離れていない限り、正しいことをしていると言える。胸を張るべきだ。

3)個人的な関係に投資すべき

一緒にいて楽しい人や好きな人と時間を過ごすべきだ。誰に対してもよくしなければならないが、特に自分にとって最も重要な人に対してはよくしなければならない。長期的な幸福はそこからやってくるのだ。

3b)友人は慎重に、絶えず選ぶべき

自分の人生にトータルでよい影響を与えないような友人関係、人間関係に時間、努力、感情を浪費してはならない。人は、たとえ明らかにその関係から何も得られなかったり、マイナスの影響しかないことが明らかであっても、友人に固執する傾向がある。


友人があなたの人生をより簡単で楽しいものにするのではなく、難しいものにしているのであれば、それはあるべき友人関係ではなく、あなたは間違っているとさえ言える。これまで友達であったからといって何も負い目を感じる必要はないのだ。


自分の人生へのマイナスの影響を断ち切る必要があるのだ。(変な方法でやる必要はない。)より重要なのは、本当に自分にとってよい影響を与えてくれる注目と努力に値する人との関係を構築する必要があるということだ。


まとめ

(気付かなかったかもしれないが)ちょっと乱雑になってしまった。ここまで読んでもらったのであれば、私の意図を少しでも理解してもらいたいと思う。ポーカーに関連するかしないかに関わらず、読者の中で岐路に立っている人には、慎重に自分の選択肢を検討してもらいたいし、それと同時に、自分が「間違った」選択肢を選ぶ可能性があることを恐れないでもらいたい。


このような投稿をすることは、私にとっても役に立っている。私も自分の生活や選択肢がはっきりと分かっているとは決して言えない。何となく言ってきたように、私も決して自分がこれまで自分の人生やキャリアに関して可能な限り最善の決断をしてきたかどうか定かではないのだ。来年自分の人生やキャリアが最高のものになるかどうかも定かではない。


重要なことは、何も分からなくても、自分の能力の限界について目星がついていれば私はそれでよく、振り返らなくてもよいということだ。自分が最高の選択肢を選んでいるかどうかについて、それがたとえ最高の選択肢でなくても、自分にとって重要だと思うことに特に毎日集中している限りは、「正しい」ことをほとんどできていると確信している。


最後の「正しい」に引用符が要ったかどうかはよく分からない。


それでは。


フィル